日本学術会議関連

日本学術会議に対する「批判」
  1. 産経新聞社(2021)「日本学術会議 反省なき組織に未来ない」産経新聞、2021/4/26
    https://www.sankei.com/article/20210426-4S2BD5XCNZPBBETLXD5KOYUUIY/

    「学術会議は、最も深刻な問題である「軍事忌避」体質を改めようという姿勢を示さなかった。このような組織を国民の税金で養う必要があるのかとさえ思ってしまう。」
    学術会議が抱える根本問題は、国民を守る自衛隊の抑止力の向上を妨げてきたことだ。平成29年の声明で、軍事科学研究を「絶対に行わない」とした過去の声明の継承を宣言した。これにより、防衛省予算で軍民両用技術研究を助成する「安全保障技術研究推進制度」への大学、研究機関の応募が激減した。研究者の学問・研究の自由を脅かすものでもある。その異常性を自覚すべきだ。」
     
  2. 自由民主党政務調査会 内閣第2部会 政策決定におけるアカデミアの役割に関する検討PT(2020)「日本学術会議の改革に向けた提言」2020年12月9日
    https://www.jimin.jp/news/policy/200957.html
    https://jimin.jp-east-2.storage.api.nifcloud.com/pdf/news/policy/200957_1.pdf

    わが国の科学者の代表機関である「日本学術会議」の独立性が尊重されるのは当然だが、独立とは何か、また政治・行政とはどのように連携すべきかが曖昧にされてきた。このため累次の改革を経ても、わが国が誇るアカデミアの叡智が様々な政策決定に寄与するための仕組みが十分に機能しているとは言い難い。」p.1
     
 
日本学術会議の在り方についての先行の議論
  1. 総合科学技術会議(2003)「日本学術会議の在り方について」2003年2月26日
    https://www8.cao.go.jp/cstp/output/iken030226_1.pdf

    今日、日本学術会議は我が国の科学者コミュニティを代表する組織として、社会とのコミュニケーションを図りつつ、科学者の知見を集約し、長期的、総合的、国際的観点から行政や社会への提言を行うことが求められている。」p.1
    「今後、科学技術が生活に深く浸透し、人間と社会に対する影響力をますます強めていくことが予想される中で、自然科学のみならず、人文・社会科学を含めた科学技術者のコミュニティ(以下、科学者コミュニティという)がその力を結集して、科学技術の進展を方向づけるとともに、人類社会の課題に先見性をもって対処するための提言を行う役割は一層重要となる。」p.3
     
  2. 内閣府・日本学術会議の新たな展望を考える有識者会議(2015)「日本学術会議の今後の展望について」
    https://www8.cao.go.jp/scj/index.html
    https://www8.cao.go.jp/scj/pdf/hokoku_01.pdf
    https://www8.cao.go.jp/scj/pdf/hokoku_02.pdf
    https://www8.cao.go.jp/scj/pdf/hokoku_03.pdf

    今日、人類社会が直面している様々な課題に対処し、人類の持続ある発展を実現する上で、学術は不可欠の役割を担っている。また、学術が高度に発展する中、社会や国民生活のあらゆる場面に科学が浸透し、政府の政策決定や社会の様々な場面における意思決定の拠り所として、常に科学的な根拠が求められるようになっている。」p.3
    「こうした学術及び科学者コミュニティに求められる役割の変化についての認識は、以前から国際社会においても共有されており、1999年6月にユネスコ(UNESCO)と国際科学会議(ICSU)の共催によりハンガリーのブダペストで開催された「世界科学会議」では、「社会における科学と社会のための科学」という考え方が正面から取り上げられた。日本においても学術と社会との関係という観点が注目される中、平成17年改革は、こうした学術をめぐる大きな流れを踏まえつつ進められたものであった。」pp.1-2
     
  3. 日本経済団体連合会産業技術委員会(2015)「日本学術会議のあり方の見直しに向けて」」2015年1月29日
    https://www.keidanren.or.jp/policy/2015/022.html
    https://www.keidanren.or.jp/policy/2015/022.pdf

    「日本学術会議には、イノベーション・ナショナルシステムにおけるわが国の科学者の代表機関として、米国科学アカデミーや英国王立協会のような学術界における権威と国民からの信頼を得た組織となることが期待される」p.1
    「前回の総合科学技術会議における見直しでは、10年以内に組織形態のあり方の検討を行うとされていたが、今回の有識者会議も含めて現在に至るまで、総合科学技術会議での議論を踏まえた十分な検討がなされてきたとは言い難い。日本学術会議が、客観的な科学的知見に基づいた情報発信を行うためには、意見表明における科学の独立性を組織的に担保することが重要である。例えば、欧米の科学者コミュニティに倣い、国から独立した法人格を有し、国による財政支援が受けられる組織とすることが考えられる。機動的かつ柔軟な運営に向けて、財政基盤を充実させるためには、国による財政支援に加え、寄付金の免税措置や、国や民間からの調査研究委託による外部資金獲得などについても検討する必要がある。
     こうした機能を果たすためには、現在の組織形態から、例えば、①公益社団法人、②国立大学法人のような特別の法人、③国立研究開発法人型の独立行政法人への移行が考えられる。」pp.2-3
     
 
日本学術会議の在り方についての最近の議論
 
  1. 自由民主党政務調査会 内閣第2部会 政策決定におけるアカデミアの役割に関する検討PT(2020)「日本学術会議の改革に向けた提言」2020年12月9日
    https://www.jimin.jp/news/policy/200957.html
    https://jimin.jp-east-2.storage.api.nifcloud.com/pdf/news/policy/200957_1.pdf

    政治や政府を通じた「政策のための科学(Science for Policy)」の機能を十分に果たしているとは言い難い」pp.1-2
    「わが国や人類社会が直面する社会的な課題に対し、約90万人の科学者の総意の下に、わが国の学術の総合力を発揮した俯瞰的・学際的な見解を示す「知の源泉」としての役割が期待されている。
     また科学者の内外に対する代表機関として、各国アカデミーや国際学術団体と連携した「世界の中のアカデミー」としての役割が今後特に期待されている。
     科学技術を社会的便益のため、最適に活用する上で、科学と政策・政治を繋ぐ仕組みづくりが重要であり、世界的課題となっている。 政策形成に有効な科学的助言を提供する「政策のための科学」に寄与するため、日本学術会議には、勧告・声明・提言を通じて「実績ある科学者の俯瞰的知見」の創出が求められる。」p.2
    上記の役割を果たすため、また科学の独立性・政治的中立性を組織的に担保するためにも、日本学術会議は、独立した法人格を有する組織とすべきである。・・・日本学術会議は、独立した新たな組織として再出発すべきである。組織形態としては、独立行政法人、特殊法人、公益法人等が考えられる。」p.2
 
日本学術会議の在り方に関する資料

佐久間象山全集

『佐久間象山全集』上巻、尚文館、1913年(大正2年)
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/949396
https://archive.org/details/shozanzenshu018800

『佐久間象山全集』下巻、尚文館、1913年(大正2年)
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/949397
https://archive.org/details/shozanzenshu028800
https://ia800909.us.archive.org/25/items/shozanzenshu028800/shozanzenshu028800.pdf

『佐久間象山全集』
https://archive.org/details/shzanzensh01saku
https://archive.org/details/shzanzensh02saku
https://archive.org/details/shzanzensh03saku
https://archive.org/details/shzanzensh04saku

『佐久間象山全集』第5巻、信濃毎日新聞社、1935年
https://archive.org/details/shzanzensh05saku

科学革命(scientific revolution)概念の起源

Conant, J.B. (1947). On Understanding Science, An Historical Approach. の「科学革命」論
同上ブログ記事によれば、Conant(1948)pp.36-37で「理論は、より良い理論によってのみ打ち倒される。理論がそれと矛盾した事実によってのみ打ち倒される、というようなことは決してない。」(a theory is only overthrown by a better theory, never merely by contradictory facts.)ということを科学史が「事実」として示していること、および、「古い考え方と矛盾する諸事実が新しい概念と結合されることでのみ、科学革命(a scientific revolution)は起きる。」(Only the combination of a new concept with facts contradictory to the old ideas finally bring about a scientific revolution.)、というように、Conantは1947年に強調している。
 

科学的実在論に関わる文献資料

ダウンロード可能な文献資料
 
文献資料 — ネット上の紹介

科学論文献-経営学関連

経営学史学会編(2012)『経営学の思想と方法(経営学史学会年報 第19輯)』文眞堂
吉原正彦「経営学の思想と方法」、上林憲雄「経営学が構築してきた経営の世界-社会科学としての経営学とその危機」、稲村毅「現代経営学の思想的諸相-モダンとポストモダンの諸相から」、菊澤研宗「科学と哲学の綜合学としての経営学」、庭本佳和「行為哲学としての経営学の方法」
 
小島三郎(1986)『現代科学理論と経営経済学』税務経理協会
 
 
 

天野清の量子力学史 ー ネットからダウンロード可能な文献資料

<量子力学史>
天野清(1943)『熱輻射論と量子論の起源 : ウイーン,プランク論文集』大日本出版:「科学古典叢書」1
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1063572

天野清(1948)『科学史論:天野清選集2』日本科学社
http://books.google.co.jp/books?id=sHWL3yKCmlIC

熱輻射論・量子論・量子力学の形成史の研究で有名な天野清(1907-1945)の論文集。ヘルツに関する伝記的解説(83-104頁)や、熱輻射論史・量子論史の古典的著作「熱輻射論と量子論の起源」などの科学史的論考とともに、「世界観と物理世界の構造」「物理学と数学に関する覚え書き」などの科学論的論考を含む論文集

天野清(1948,1973)『量子力学史』(日本科学社:「天野清選集」1 中央公論社:「自然選書」)
http://www.cam.hi-ho.ne.jp/munehiro/science/amanokiyosi/RyoshirikigakuShi.pdf

科学論文献の紹介-中山伸樹(2013)「「科学技術」を変革するための科学論」

中山伸樹(2013)「「科学技術」を変革するための科学論」北川隆吉,中山伸樹編『科学・技術革新・人間』日本経済評論社

本論文のほかには、井上照幸「通信技術の現状と未来をどう考えるか」、小松田儀貞「バイオテクノロジーと生政治の未来」、橋本宏子, 金崎芙美子「技術革新と保育所」などの論文が収録されている。また本論文が収録されているシリーズ全体の紹介は下記にある。
http://www.nikkeihyo.co.jp/critiques/view/63

科学論的思考と哲学的思考の接点—理論的概念の「導出」=「派生」関係の曖昧性

1.二つの理論の「包摂=非包摂」関係問題
アインシュタインの特殊相対性理論における力に関する運動方程式F=dP/dt=d/dt(mv)、すなわち、運動量Pの時間微分を力Fとするという「法則」は、ニュートン力学における力に関する運動方程式F==m×dv/dtを数学的な特殊解として「内部」に含んでいる。
 というのも、アインシュタインの特殊相対性理論における力に関する運動方程式を上記からさらに変形すると、F=dm/dt×vm×dv/dtとなるので、dm/dt=0という「特殊な」条件が成立する時に、ニュートン力学における力に関する運動方程式F=が「数学」的には成立することになる。

 ニュートン力学的自然像では「質量mが時間的には変化しない」=「質量保存則が成立する」と想定されているので、dm/dt=0はニュートン力学の世界では「普遍」的に成立している条件である。

 これに対してアインシュタインの特殊相対性理論に基づく自然像では、物体の質量mは速度v=dx/dtに変化する変数であるから、時間tに対して不変ではないとされるので、dm/dt=0となるのはある「特殊な」場合だけである。

 「dm/dt=0の成立が「普遍」なのか?、それとも「特殊」なのか?」が、ニュートン力学とアインシュタインの特殊相対性理論の「理論」的な対立点である。

 しかしそれはまた「アインシュタインの特殊相対性理論はニュートン力学を特殊解としてその内部に数学的に包摂している」ことを意味している。もちろんその逆の「ニュートン力学がアインシュタインの特殊相対性理論を特殊解としてその内部に数学的に包摂している」ということは成り立たない。

 ただしこうしたアインシュタインの特殊相対性理論からニュートン力学が導出されるという二つの理論の「包摂=非包摂」関係は、数学的関係であって、歴史的関係ではない。歴史的な導出=被導出関係はそうした数学的関係とは逆であり、ニュートン力学の運動方程式からアインシュタインの特殊相対性理論における運動方程式が「自然な」拡張として導出されたのである。
 すなわち認識の歴史的形成過程としては、古典的なイメージ通り、「特殊」的なものからより「普遍」的なものへと歴史的に「進歩」すると考えることができる。

2.二つの理論的概念の「包摂=非包摂」関係問題
理論の場合には前述のように相対的に単純であるが、理論的概念の場合にはそう単純ではない。

例えば、円という理論的概念「一つの中心からの距離が一定であるような点の集合が描く幾何学的図形」と楕円という理論的概念「二つの点(すなわち、焦点)からの距離の和が一定であるような点の集合が描く幾何学的図形」は、前述のような単純な「包摂=非包摂」関係にあるとは思えない。

というのも数学的には、「円をx軸方向またはy軸方向に一律に圧縮することで楕円を導出することができる」とともに、「楕円を構成している二つの点を限りなく近づけ一致させて円を導出できる」からである。数学的操作としてはどちらか一方の理論的概念から他方の理論的概念を常に導出可能になっているのである。

 このことは三角形と多角形との関係にも当てはまる。外に凸な多角形は簡単に三角形に分割可能であるが、そのことは「三角形から多角形を数学的に導出可能である」ということを意味している。

 しかしこのことは、三角形の集合の「特殊な」場合として多角形がその内部に数学的に含まれているということにはならない。。


科学史関係の研究書および研究論文を収録した電子図書館サイト

A.国立国会図書館「近代デジタルライブラリー」
「天野清」関連著作
天野清(1943)『熱輻射論と量子論の起源 : ウイーン,プランク論文集』大日本出版:「科学古典叢書」1http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1063572

残念ながら、「近代デジタルライブラリー」の中で天野清の著作で収録されているのはこれのみと思われる。[2013/03/02現在]

「戸坂潤」関連著作
戸坂潤(1932)『イデオロギー概論』理想社
戸坂潤(1930)『イデオロギーの論理学』鉄塔書院
戸坂潤(1936)『現代日本の思想対立』今日の問題社
戸坂潤(1930)『唯物史観序説』プロレタリア科学研究所

「石原純」関連著作
http://kindai.ndl.go.jp/searchResult?SID=kindai&searchWord=石原純

「桑木彧雄」関連著作
http://kindai.ndl.go.jp/searchResult?SID=kindai&searchWord=桑木彧雄

「寺田寅彦」関連著作
http://kindai.ndl.go.jp/searchResult?SID=kindai&searchWord=寺田寅彦

「長岡半太郎」関連著作
http://kindai.ndl.go.jp/searchResult?SID=kindai&searchWord=長岡半太郎

 
B.「科学図書館」
科学的知識は万人によって 共有されるべき」という考え方に基づき、科学の古典をPDF化して提供しているサイト。当サイトに掲載されている文書は「すべてTeXで組版し、PDFファイル化したもの」であり、Googleブックスのように出版物をscanし、それに透明テキストを付けて全文検索可能にしているものとは電子化のタイプが異なる。
収録されている著作としては下記のようなものがある。

(1)物理学者の科学論・科学史的著作
アインシュタイン(石原純訳)「力学的自然観に対する近代物理学の立場」、オストワルド『エネルギー』、「ケルヴィン卿」などの論文を含むポアンカレ『科学者と詩人』、仁科芳雄の「Neils Bohr」、「ポアンカレ小伝」などの長岡半太郎の諸著作、「物理学序説」「アインシュタイン」などの寺田寅彦の諸論文、物理学者にして下記のように様々な科学論的著作を書いている石原純(1881-1947)の諸著作などが収録されている。

石原純に関しては、「科学史」、「量子論の起源」、『物理学概論』増補・改訂版、「自然の因果性と認識論」などの『自然科学的世界像』収録の諸論文、「科学的技術の国家管理」などの『科学のために』収録の諸論文、「物理学の概念に対する唯物性の意味について」などの『自然科学的世界像』収録の諸論文などが収められている。

(2)科学史家の諸著作
天野清(1907-1945)の『量子力学史』「熱輻射論と量子論の起源」などの諸著作、初代科学史学会会長(1941年度-1944年度)・桑木彧雄(1878-1945)の『物理学と認識』『科学史考』などの諸著作、2代目科学史学会会長(1948年度-1959年度)・小倉金之助(1885-1962)の『われ科学者たるを恥ず』などの諸著作、数学史家の村田全氏の「歴史学としての数学史・科学史」『思想』1977年1月号、「カントルにおける数学と哲学」『数学と哲学との間』などの諸論考、三上義夫(1875-1950)『東西数学史』、戦前の天文学者で第8代京都帝国大学総長を務めた新城新蔵(1873-1938)の天文学史関係の諸著作などが収録されている。

桑木彧雄に関しては、桑木彧雄「ダランベールの力学」などの『物理学と認識』収録の諸論文、桑木彧雄「アリストテレスの物理学」「ファラデー及びマクスウェルに依る物理学の変革」など『科学史考』収録の諸論文、「物理学上の認識の問題」など『物理学と認識』収録の諸論文の諸論文などが収められている。

(3)哲学者・思想家の諸著作
加藤正(1906-1949)の「科学としての哲学」「自然科学的世界像の問題」などの諸論文、加藤弘之「進化学より見たる哲学」、鈴木梅太郎「ヴィタミン研究の回顧」など科学者の論考も収められている。

キリスト教的視点からの科学論

大谷順彦(2001)『進化をめぐる科学と信仰―創造科学などを考えなおすわけ』すぐ書房
地動説をめぐるガリレオ裁判や進化論などを例に取りキリスト教と科学は本質的に相容れないという一般的主張に対して、キリスト教的立場から科学とは何かを再検討するとともに、進化論に限らず聖書の教えが科学の研究と両立することを論じている。
 そしてまた進化論を批判し神が世界を創造したという聖書の記述は事実であるとする「創造科学」説に対して批判をおこなっている。
[目次]
第1章 科学の方法について
第2章 科学と信仰について
第3章 生物学と進化生物学について
第4章 進化論とキリスト教は矛盾するのか
第5章 創世記における創造の叙述を考える
第6章 福音主義キリスト教と進化論
 
生駒孝彰(1981) 『アメリカ生れのキリスト教』旺史社、324pp
第1部「モルモン教」(pp.11-105)、第2部「エホバの証人」(pp.107-191)、第3部「キリスト教科学」(pp.193-281)、第4部「資料」[「年表」pp.285-293、「三宗派比較表」pp.293-301、「各教会の現状(会員数ほか)」pp.301-307、「参考文献」pp.301-324

マートンの学位論文「17世紀イングランドにおける科学、技術と社会」

マートンの学位論文「17世紀イングランドにおける科学、技術と社会」Merton, R.K.(1938)”Science, Technology and Society in Seventeenth Century England” Osiris, Vol.4, pp. 360–632が下記より全文ダウンロード可能となっている。
http://lc.zju.edu.cn/sts/TuShu%5Cupfiles%5Cb8a37bd6-e743-4fab-82be-7dd2231ededf.pdf

本論文の本文はpp.360-619、文献一覧がpp.621-624、人名索引がpp.625-630、目次がpp.631-632となっている。
目次は下記の通りである。

序文 360
 
I.序章 362
 
II.Social Background :Shifts in Vocational Interests(社会的背景:職業的関心の変遷) 367
Dictionary of National Biography (D.N.B.)における人物記述をデータ源として、p.391の表1「17世紀イングランドのエリートたちの初期の関心(initial interests)の変遷」[軍事、絵画・彫刻、音楽、演劇、詩、散文、教育、歴史記述(historiography)、医療、宗教、科学、学問(scholarship)、法律、政治に分類して、人物数および相対的%を10年ごとに表にまとめている]をにおけるような変遷などを分析している。
 
III. Foci and Shifts of Interest in the Sciences and Technology(科学と技術における関心の焦点と変遷) 397
研究方法、科学的生産性、科学における関心の指標、科学における関心の移行、問題設定などを論じている。
 
IV.Puritanism and Cultural Values(ピューリタニズムと文化的価値) 414
社会学的アプローチ、プロテスタント的倫理、”Glorification of God.” Diligence and industry. Choice of vocation. Blessed reason. Profitable education. Physics: God in His works. The medieval contrast. Science: handmaid of utility.
 
V.Motive Forces of the New Science(新しい科学における原動力) 439
The Puritan spur to science. To the ” Glory of the Great Author of Nature.” ” Comfort of mankind.” Rationalism and empiricism. The shift to science. The process of secularization. The integration of religion and science. Community of tacit assumptions in science and puritanism. The ” crucial experiment.”
 
VI.Puritanism, Pietism and Science: Testing an Hypothesis(ピューリタニズム、敬虔主義と科学:テストと仮説) 471
Puritan elements in the Royal Society. The new education: things not words. Continental counterparts.New science in New England. Pietist realism. Educational interests and religious affiliation. Preponderance of Protestant scientists.
 
VII.Science, Technology and Economic Development:Mining(鉱業にみる科学、技術と経済的発展) 496
The growth of mining. Associated technical problems. Derived scientific interests. Modes of economic influence.
 
VIII.Science, Technology and Economic Development:Transportation(輸送業にみる科学、技術と経済的発展) 519
Growth of transportation. Associated problems of technology. The meaning of economic influence. Problem of the longitude. Further scientific research.
 
IX.Science and Military Technique(科学と軍事的テクニック) 543
Growth of armaments. Associated technological demands : interior ballistics. Exterior ballistics. Detailed considerations.
 
X.Extrinsic Influences on Scientific Research(科学研究における外因的影響) 558
A statement of procedure. Classification of types of research. Summary of results: degree of social and economic influences. Addendum.
 
XI.- Some social and cultural factors in scientific advance(科学進歩におけるいくつかの社会的=文化的要因) 567
Society, civilization and culture. Population density.Population density in seventeenth century England.Social interaction. The cultural context. Utilitarianism.The belief in progress.
 
APPENDIX A. Research related to Socio-Economic Needs(補遺A. 社会=経済的ニーズに関連した研究) 598
Marine transport and navigation. Mining and metallurgy. Military technology. General technology including husbandry. Pure Science
 
参考文献 621
 
人名索引 625

社会的視点からの科学論関連著作

古典的著作
Merton, R.K(1938) .”Science, Technology and Society in Seventeenth Century England” Osiris, Vol.4, pp. 360–632
下記より全文ダウンロード可能
http://lc.zju.edu.cn/sts/TuShu%5Cupfiles%5Cb8a37bd6-e743-4fab-82be-7dd2231ededf.pdf
本文はpp.360-619、文献一覧がpp.621-624、人名索引がpp.625-630、目次がpp.631-632となっている。内容目次は別項に掲載した。
 
ベー・エム・ゲッセン『ニュートン力学の形成 : 『プリンキピア』の社会的経済的根源』(秋間実、稲葉守、小林武信、渋谷一夫訳 法政大学出版局 一九八六年)
 
F・ボルケナウ『封建的世界像から市民的世界像へ』(水田洋ほか訳 みすず書房 一九五九年)
 
E・ツィルゼル『科学と社会』(青木靖三訳 みすず書房 一九六七年)

相対主義的科学論 — ブルアとファイヤアーベントにおける「平等」主義的議論

「平等」主義的科学論---社会学的視点からの相対主義的科学論
社会学的視点からの相対主義的科学論を展開した代表的著作に、デ-ヴィッド・ブルア『数学の社会学 ―― 知識と社会表象』(佐々木力・古川安訳 培風館 1985年)がある。
ブルアは「ストロング・プログラム」説を提唱し、科学も知識社会学の適用対象と考える立場から、真なる科学理論も偽なる科学理論のどちらも知識主張knowledge claimとして社会学的には対称的な、すなわち、「真と偽を差別せず平等な」取り扱いをすべきであると主張した。すなわち、「天動説、フロギストン説、ルイセンコ説など偽なる科学理論が受容されていた」というような経験的事実は社会的要因から説明し、「地動説、ニュートン力学、量子力学、相対性理論など真なる科学理論が受容された」というような経験的事実は科学的要因から説明する非対称的な、すなわち、「真と偽を差別する不平等な」取り扱いを不適切として批判し、真なる科学理論も偽なる科学理論もどちらも社会学的に「平等」な取り扱いをすべきだとしている。
こうした意味において、チャルマーズは『科学論の展開』改訂新版(高田紀代志、佐野正博訳 恒星社厚生閣 2013年)の第11章末において、こうしたブルアのような立場に立つ人々を平等主義者the levellersと呼んでいる。
ブルアのようなこうした平等主義的アプローチに対して筆者は、歴史的な「科学」的仮説としてプトレマイオス的天動説、ティコ・ブラーエ的天動説、フロギストン説を古代地動説、コペルニクス的地動説などと平等に科学論的ディスクールにおいて扱うことには賛成するが、ナチズムの立場から相対性理論などを批判した「ナチス科学」や、神の創造を科学的と信じる「創造科学」説(creation science)などのような議論までも含めてすべての知識主張を「科学論」的に平等に扱うことには反対である。
「ナチス科学」や「創造科学」、あるいは占星術まで含めてすべての知識主張を平等に扱うのは、「科学社会学」的には適切なことであろうが、「科学論」的には不適切である。
宗教的イデオロギーとしての天動説は別として、プトレマイオスの周転円説的天動説は多数の観測データを理論的に説明・予測できるという意味で歴史的=社会的に科学的なものであった。周転円説的天動説は科学的仮説として取り扱われたがゆえに、金星の満ち欠けに関するガリレオの望遠鏡による観測データなどで科学的に偽であることが判明し、天動説としてはティコ・ブラーエの天動説に取って代わられたのである。
そしてティコ・ブラーエの天動説は、コペルニクスの地動説から数学的に導出可能であり、惑星運動に関してはコペルニクスの地動説と同等の説明能力を持っていただけでなく、年周視差などの観測データによって反証可能であったという意味で科学的な仮説であった。科学的仮説であったがゆえに、後に実際に年周視差や光行差などの観測データによって反証されて偽であることが明確になったのである。
このように、「科学的仮説として天動説も地動説も科学論的に平等に扱うべきだ」という主張は、何ら奇異な主張ではなく、ポパー的な反証主義科学観と共通する主張である。ポパー的な反証主義科学観などのように科学性の規定と真偽性の規定を異なるものとする場合には、科学的な知識主張とそうでない知識主張との区別が反証可能性などといった同一の普遍的規準によって区別されているし、真なる科学的主張と偽なる科学的主張との区別が観測データと理論的予測の一致といった同一の普遍的規準によって区別されている。このような説明においては、天動説と地動説という対立する理論のどちれも、「科学性に関わる普遍的規準」と「真偽性に関わる普遍的規準」という二種類の普遍的規準によって「平等」に取り扱われている。

ブルアらのような相対主義的科学論者が、知識主張に関する自らの社会学的取り扱いの特権性を主張し、知識主張に関する上記のような科学論的取り扱いの妥当性を否定するとすれば、彼らの主張は学問的には自らの知識主張の特権性を主張している非相対主義的議論であることになる。その意味では平等主義的ではなく差別的である。
もしブルアらの主張がそうした主張であるとすれば、「ガリレオは事実的データや理論的主張によってアリストテレス的自然学の立場に立つ競合者に対して説得的な主張を展開することは、望遠鏡に関する科学的な説明がまだなかっただけでなく年周視差や光行差などの観測データがまだ得られてはいなかったガリレオの時代には、現代的視点から見て不可能であった。それゆえガリレオはイデオロギー的議論や策略を必要とした。」と断定するファイヤアーベントと同じく、非歴史的で非相対主義的なのである。

ブルアに対する上記のような反論における前提的主張としては、「ある理論が科学的とされるかどうか?」の判断規準、および、「ある理論が真であるかどうか?」の判断規準は歴史的に不変であるということがある。歴史的に変化したのは、判断「基準」ではなく判断「材料」である。
「古代や中世の時代においてプトレマイオス的天動説は科学的であった」と主張することは科学性の判断「基準」から考えて妥当な知識主張である。逆に「古代や中世の時代においてもプトレマイオス的天動説は非科学的であった」と主張することは科学性の判断「基準」から考えて妥当ではない知識主張である。
「古代ないし中世では、年周視差や金星の満ち欠けが地動説から予測されるようには観測できない」ということを判断「材料」として、プトレマイオスが『アルマゲスト』で書いているように「天動説的理論の方が地動説的理論よりもより科学的であると判断すること」は不当な間違った判断であるとまで断定することは科学論的にも科学史的にも妥当ではない。
しかしプトレマイオス的天動説の天文学的誤りを示す観測データが発見されたガリレオの時代以降になってもなお、「今もプトレマイオス的天動説は科学的である」と主張するのは間違いであろう。地動説やティコ・ブラーエ的天動説で予測されている通りに、金星が満ち欠けしていることを示す観測データという新たな判断「材料」の登場によって、プトレマイオス的な天動説は偽であると多くの天文学者たちが判断するようになったのである。「それでもなお、プトレマイオス的な天動説が真である」とする知識主張は、宗教的主張ではあっても科学的主張ではない。
ただしその時点でもなお、「年周視差が肉眼によっても望遠鏡によっても観測できていない」という地動説に不利な判断「材料」はまだ存在していたので、「天動説一般が偽である」とするような判断をその時点で下すのは天文学的には不適切であった。その意味において、その当時はティコ・ブラーエ的天動説は科学的に正当な知識主張であった。
年周視差や光行差などの観測データといった地球の運動を天文学的に示す新たな判断材料が18世紀以降になり登場したことによって初めて、ティコ・ブラーエ的天動説も含めて地球が静止しているとする天文学的理論すべてが科学的に偽であると判断されるようになったのである。

 もちろんファイヤアーベントはこうした反証主義的科学観に基づく反論を予期した上で自らの議論を展開したのである。「科学には唯一の普遍的方法がある」といった知識主張に対してファイヤアーベントは強く反論を試みている。
ファイヤアーベントによる普遍的方法への批判とは、どの科学分野においても共通に使われている(あるいは使うべきで)歴史的に変化しない普遍的規準が存在するという考え方への批判である。ファイヤアーベントによれば、反証可能性という判断基準はどのような歴史的時点でも使える判断基準ではないし、使うべきでもない。ガリレオの時代以前においては金星の満ち欠けに関する観測データは地動説を反証しているというように見えるにも関わらず、古代のサモスのアリスタルコスや近代のコペルニクスなどのように地動説を主張する行為は非科学的ではなかったと考えるとすれば、反証可能性といった普遍的規準が科学性の判断規準としてそれほど普遍的ではないと考えざるを得ないのである。
 ファイヤアーベントによる普遍的方法へのこうした批判は、科学性の規準に関わる様々な方法の平等主義的取り扱いを主張しているものとも理解できる。すなわちファイヤアーベントによる「なんでもかまわない」という反-普遍的方法論的主張は、さまざまな方法(ファイヤアーベントはそれを伝統と呼び代えているが)の「平等」主義的取り扱いを主張しているものである。

物理学的視点からの「科学的自然像」論

カッシーラー, エルンスト・(山本義隆訳,1994)『現代物理学における決定論と非決定論』学術書房、280pp+32p
第1章 歴史的・予備的考察(「ラプラスの魔」形而上学的決定論と批判的決定論)
第2章 古典物理学の因果原理(物理学的命題の基本型)
第3章 因果性と確率(力学的法則性と統計的法則性 統計的命題の論理学的性格)
第4章 量子論の因果問題(量子論の基礎と不確定性関係,原子概念の認識論の歴史によせて)
第5章 因果性と連続性(古典物理学における連続性原理,「質点」の問題によせて)
最終章 最終的考察と倫理学的結論
 
 
ボーア、N・(山本義隆訳、1999『因果性と相補性』岩波文庫
 
 
「特集 物理法則と方程式–方程式を通してみた物理学的自然観」『数理科学』2005年6月号、サイエンス社

会計学的視点からの科学論関連資料

冨塚嘉一(1997)『会計認識論:科学哲学からのアプローチ』中央経済社、169pp
第1章 さまざまな考え方や方法の検討
第2章 科学方法論の潮流—「科学」の高揚から懐疑へ
第3章 方法論が直面する課題
第4章 進化論的認識論の可能性
第5章 実証会計学の方法とその特質
第6章 実証会計学批判の検討
第7章 規範会計論再考
第8章 会計研究における方法論的枠組の探究